3 随筆 個性に触れる

沢木耕太郎『無名』

父の記憶 濃密連鎖を句にのせて 

 (文藝春秋『男と女』所収、初出は2003年9月)

 かなわないな、やっぱり。比べるのもおこがましいのはわかっているけれど、同じように文章を生業の根本においてきた身として、正直そう思う。考え続ける力、記憶力、構想力、説得力。すべてにおいて格が違う。

 もともとそう感じたのは今回が初めてではない。この筆者の『深夜特急』を1986年に読んだ時だった。

 ぼくがひとりバックパッカーとしてユーラシア大陸一周の放浪旅行をしたのが1973年、20歳から21歳にかけてだった。沢木はその2年後の1975年、26歳から27歳にかけて、ほぼ同じルートをひとりで旅している。ぼくが欧州のアテネから中近東・インドをへて東南アジアのバンコクまでだったのに対し、沢木は逆で、東南アジアからインド・中近東を経て欧州へ向かった。

 沢木はその旅を8年かけて3分冊の長大なルポにまとめ、本はベストセラーになった。たくさんの若者や学生の気持ちをつかみ、バックパッカーのバイブルになったというほうが正しいだろう。ぼくは自分の長い旅の体験を活字にするなんて思いもよらず、青春時代の最大の思い出として心の中にため込んで、その後の人生でセンチメンタルジャーニーに使ってきただけだ。

 今回の「無名」でも同じ思いを抱いた。4年前に亡くなった実父を描いている。『壇』と同様、隙のない描写と構成、あふれる思い。後半には父が詠んだ俳句を軸に、幼時の濃密な記憶の連鎖をからませていくエネルギーのすごさ。ぼくも昨年の11月に父を亡くしたけれど…。

▲沢木耕太郎コーナー<2020年10月撮影>

 継続する力が才能のもうひとつの源だとすれば、沢木にはとんでもない継続力があり、それがさらに才能を膨らませているのだろう。まいりました。

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