3 随筆 個性に触れる

浅田次郎『日本の「運命」について語ろう』

すれ違いのドラマ 携帯が「悪意」に

 (幻冬舎、2015年1月)

 ひとつ年上の作家による「講演録」である。この人は江戸っ子で、自衛隊からアパレルにいたる職業歴、原稿は万年筆で書く主義にいたるような身辺のあれこれは、軽妙なエッセイで知っていた。しかし今回のような「日本の運命」とか「個人主義の変容」といった硬派のテーマは、口が重いのではないかと思っていた。

 そうした硬派のテーマについて筆者は、自分の著作の背景を説明しながら言及していく。『壬生義士伝』『蒼穹の昴』『一路』『黒書院の六兵衛』『終わらざる夏』…。これらの作品を書くために膨大な資料集めをしたであろう。そこから得られた歴史観が語られていく。

 あとがきが簡潔で要を得ている。いくつかを抜き出すとー

 ・小説家には世代、作風にかかわらず、饒舌な人と寡黙な人にわかれる。(…) わたしは眠っているか読み書きしている以外の時間はたいがいしゃべっているので、講演はまったく苦にならない。

・科学の発達が目まぐるしい現代を私はあまり小説の舞台にしない。たとえばだれもが電話機を持ち歩いているという事実だけでも、物語の重要な要素である「すれちがい」は「悪意」に姿を変えるからである。(…) 小説の中で使用した小道具や単語がたちまち時代遅れになってしまう危惧もある。

・昔の人は個の利益よりも衆の利益を優先し、現代よりも未来を大切に考えていた。(…) 人はより刹那主義と個人主義の中に幸福を見い出すようになった。

・科学は経験の蓄積によって確実に進歩を遂げるが、人類が科学とともに進化していくと考えるのは重大な錯誤である。人間は時代とともに変容し、あるいは退行している。(…) 戦争というものは、その重大な錯誤と認識不足のせいで繰り返されると思われる。

 ぼくは、この作家とほぼ同世代であり、その著作に引き込まれてきた。上の主張はすべて首肯できる。特に、携帯電話の普及が「すれちがい」を「悪意」にした、昔の人は衆の利益と未来を大事にした、というくだりに、なぜぼくがこの作家に、あるいは時代小説に魅かれるのか理由がわかった気がした。

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