抑制の美しさ 料理の奥深さ
(ガブリエル・アクセル監督、1989年2月、DVD)
記憶通りのすばらしさだった。
10年ほど前にいちど観ている。確かテレビ放映だった。なんとなく見始めて、あまりの質の高さに仰天した記憶がある。最近の新聞で、ある映画評がこの作品に言及しているのを読んでまた観たくなり、DVDを借りてきた。
舞台はデンマークで、時代は1800年代から1950年代の半ばだろう。文明とか都市文化とは縁遠い田舎町。日本映画でいえば『七人の侍』にでてくる村のような小さな集落である。宗教的な背景から、料理や味には文句を言わない文化がある。
その街の厳格なルーテル派の牧師の家で、美人姉妹が清貧の暮らしをしている。若いころにはそれぞれに求愛する男性がいたが申し出を断り、父の死後も静かな生活を続けている。ある日、かつての求愛者からの紹介で、パリ・コミューンで家族をなくしたフランス人女性バベットを家政婦として雇うことになる。
物語が動き出すのは、姉妹が父の生誕100年晩餐会を計画し、バベットに宝くじの1万フランが当たったという知らせが入ってからだ。そこから一気にバベットの世界へ突入していく。フランス料理のフルコースはこうやって作るんだ、という迫力が画面を占領していく。
晩餐会に参加した住民は宗教的な習慣から当初は口にしない。パリをよく知るかつての求愛者が一流レストランの味と同じだと気づく。住民も少しずつ食べ始めると、本物の味だけが持つ豊かさが敬虔な村人たちの心も溶かしていく―。
このあたりの展開も実に抑制が効いていて、ハリウッド映画にはない深みがある。最後にバベットが、1万フラン使ってすべてやり切った、という表情をする。抑制の美しさと料理の奥深さ、ひとりの料理人の矜持にしびれる。
ぼくには「サムライの恩返し」のように見えた。現代日本でいえば「健気なヤクザから町衆への御礼」といってもいいかもしれない。
この映画、ぼくは料理映画の範疇に入れたい。いや、小さな村の人たちの宗教心も主題なので宗教映画でもある、という意見もあるかもしれない。そのことだけでも、いろんな側面と深みがあり、いろいろと意見を交わしたくなる作品だ。