機長逡巡の30秒 究極の判断を再現
(クリント・イーストウッド監督、公開2016年9月)
『Sully』が原題である。2009年にハドソン川に水面着陸した航空機のパイロットのニックネームだ。あの事故の徹底的な検証と再現と、最善を尽くしただけなのにHero(英雄)とされることへの「プロの戸惑い」が主題とみた。
映画は事故調査委員会の場面から始まる。鳥を吸い込んだことでエンジンのひとつが停止する緊急事態の中で、機長の判断が正しかったかという疑問を検証していく。審議過程で機長が精神的に追い詰められていく様子が描かれているため、ラストで疑いが一気に晴れるまでどうなるのかと心配だった。
観終わってみればHeroのままである。その結末は米国民ならみなわかっていたことに思いをはせれば、この映画は、奇跡の物語には実はこんな疑いやきちんとした検証もあったのだという客観性を担保しながら、実際に起きたことと機長の内面を映画で再現したといえるだろう。
映画ではやはり、エンジンのひとつはなんとか動いていた可能性や、近くの別の空港までたどり着けた可能性についてシミュレーションしながら確認していくところが白眉だ。パイロットがどうすべきか逡巡した時間が30秒-。この空白時間がなければ水面着陸しなくて済んだかもしれない―。機長たちは事前にはそんな状況を学べていないのだから迷う時間は避けられなかった―。
リアルな再現を映画化した監督兼製作のイーストウッド、すごい。 この映画を観ながらぼくは、2013年の『フライト』(ロバート・ゼメキス監督)も思い出していた。デンゼル・ワシントン演じるパイロットが危機的な状況を胴体着陸で切り抜けるが、アルコールとヘロイン中毒を隠して仕事を続けていたことが判明し事故調にも最後は認めるという話だった。なんという結末の違い。これも米映画界の幅の広さ、魅力の源泉なのだろう。