3 随筆 個性に触れる

五木寛之『孤独のすすめ』

今のままでいいよと背中を押された

 (中公新書ラクレ、2017年7月)

 「豊かで元気な高齢者に対する嫌老感が広がっている」という筆者の認識が根っこにある。この新書は2015年の単行本『嫌老社会を越えて』を再構成し、大幅な加筆や書き下ろし原稿を加えてできた。

 嫌老? 何それ。いまぼくは65歳、「嫌老」の対象とみられるのは耐え難い。

筆者によれば、いまの日本社会で老人は若年層の怨嗟の対象になりつつある。年金をしっかり回収して、いい思いをして死んでいける世代だと。表立った声でなくても、そうした本音を若年層から感じるという。

筆者はこれまで「下山の思想」とか「他力」などの言葉を生み出してきた。時代の流れや本質、情念を短い言葉に表出するのが実にうまい。稀代のコピーライターでもあると思う。

 だから「嫌老」という造語も筆者ならでは感性から生まれているのだろう。昔から格好がよくて、感度の高い作家だ。これからもずっとそうでありたい、嫌われるのは悔しい、という自負心も感じる。

 この本では、嫌われない生き方の「友」として、これからの下山の旅に欠かせないものとして、筆者は「孤独」と仲良くすることをすすめてくれる。孤独を恐れずに、その味をかみしめよと言ってくれる。

 ぼくは孤独は怖くない。友として仲良くすることもできる気が、いまはする。朝早く起きて、淹れたてコーヒーをマグカップたっぷりに注ぎ、届いたたばかりの朝刊を読むのは「至福のひとり2時間」である。

 ゴルフもひとり参加の方が性にあっている。仕事がはねた後の居酒屋でのひとりちょい飲みも大好きだ。だからこの本は、筆者から「今のままでいいよ」と背中を押してもらった気がする。

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