1 ゴルフ 白球と戯れる

トリップ・ボウデン『最高の人生の見つけ方』

伝説キャディーと少年 オーガスタ師弟物語

 (東江一紀訳、日本実業出版社、2012年5月)

 この題名からほとんどの人は、死を間際にして夢実現に突き進むふたりの老人のハリウッド映画を思い浮かべるだろう。違う。世界一著名な米国のゴルフ場、オーガスタの近くに生まれた少年の回想録だ。伝説の黒人キャディマスターに導かれて成長し曲折をへてビジネスで成功するまでの道のりを、ていねいな細部と機知に富む言葉をふんだんに散りばめながら、描き切っている。

 この本のテーマは次の四つ。読むのはゴルフ好きに限られるかもしれない。ぼくはどのテーマも手ごたえがあり、わくわく感を保ったまま読み終えた。読み手がどれに強く魅かれるかは、その人のゴルフ人生や読書のスタイルによって違ってくるだろう。

  • マスターズで有名なオーガスタの歴史 / 特に魅惑的なコースと攻略法
  • ゴルフがうまくなるための技術論 / 特に原点のグリップ
  • キャディという仕事の中身と面白さ / 特にプレイヤーとの距離
  • 人生とゴルフの関係 / 特にそれを言葉で表す楽しさと深さ

 この本の原題は『Freddie & Me 』。長めの副題がついていて日本語では「オーガスタ伝説のキャディーマスター、フレディーがぼくに教えてくれたこと」である。大事なのは、教えてくれたのが「生きるすべ」(life lessons)であることだ。「golf lessons」ではない。

  主人公で著者のトリップ・ボウデンは、書かれている内容から推測すると1966年の生まれ。オーガスタのすぐ前で生まれ育ち、メンバーで外科医だった父親の紹介で黒人のフレディーと知り合ってゴルフの楽しさを知る。ゴルフ漬けの生活を大学まで続けたもののプロの水準には遠く、オーガスタのキャディーになる。そこで知り合った客から誘われてNYでコピーライターの仕事を始めて成功。20年後に故郷に戻ったらフレディーは死去していた。

■経験と洞察 キャディの言葉に深み

 なんといってもフレディーが繰り出す言葉やジョークが生き生きしている。彼の本領は、どの客にどのキャディーをつけるかの差配の見事さだけではない。オーガスタの18ホールの端から端までを知り、メンバーとビジターの名前と経歴のすべてを知り尽くし覚えていることにある。

 そのうえで少年(著者)の人生の大事な局面で、物事の本質を言い当て、選択肢を与え、みずからも行動で示していく。それは何に対しても謙虚であることであり、相手の気持ちを思いやることである。あるいは、危険なものを察知する力だったり、一歩前へ踏み出す力やきっかけだったりする。

 その多くの場合にフレディは、米国の庶民文化のさまざまな逸話や固有名詞も引用する。日本人のぼくが日本語で読んでいるので、翻訳者の懸命の努力にもかかわらず、そこにフレディや著者が込めた機知は半分もわからないのではないかと恐れた箇所も多い。それでもフレディーという人物の大きさや深さ、著者が彼を慕う気持ちは伝わってくる。

■映画のモーガン連想 同じ邦題は成功か 

 『最高の人生の見つけ方』といえば、同じ題名の米国映画と、それをリメイクした邦画を今春に続けて観たばかりだ。米国映画は2008年に日本公開されていて原題は『The Bucket List』。このゴルフ本は2012年に日本語訳が出ているので、この本の『最高の―』という邦題は明らかに映画を意識している。

 この本の出版元はビジネス書が多い。著名なオーガスタが舞台とはいえ、キャディと少年の師弟物語だとわかれば、手に取る人は多くは見込めないだろうという判断が出版担当者にあったのだろう。

 米映画は大ヒットした。ジャック・ニコルソンが白人で大金持ちの実業家、モーガン・フリーマンが実直な黒人の実直な自動車整備工を演じ、その名演ぶりは甲乙つけがたかった。この本には、オーガスタのコース図はあっても、主役である伝説的キャディーのフレディの写真は載っていない。なのでぼくは本を読みながら、フレディー役として、映画で黒人整備工を演じたモーガン・フリーマンの顔や声を想像していた。そんな読者が出てくることを出版社も狙っていたのではないかと想像する。

 もうひとつぼくは、題名もさることながら、本の帯に「ゴルフ版『モリ―先生との火曜日』と全米で評された物語」と書いてあったのにも強く惹かれた。この映画も真面目な内容だったので本も読んで観たくなった。

 それらの意味では、ぼくは出版社の戦略にまんまと乗せられたといえる。しかし後悔はまったくない。それらもまた面白くて、何かうれしい。

■直前にマスターズ 直後に全米女子

 この本を読み始める直前、2020年のマスターズ大会の生中継をずっと見ていた。もちろん場所はこの本の舞台のオーガスタ。例年は4月に開かれ、芝生と樹々の緑、草花の極彩色、クリークの小石と水の配合に目を奪われてきた。ことしはコロナ禍のため11月に延期になり、しかも無観客で開かれた。かなり違う景色だったものの、プレーヤーと寄り添うキャディーたちも含めてそこは「ゴルフ世界一を争う男たちの華麗な舞台」だった。やはりオーガスタは、ゴルフでは特別な世界だ。

 そして、本を読み終えて迎えたきょう12月13日は朝の午前4時に起き全米女子オープンの生中継をテレビ東京で観た。テキサス州のチャンピオンズGCで開かれていて、なんと渋野日向子がトップを維持したまま3日目も終えた。あす日本時間で14日未明の最終ラウンドは、無観客とはいえ、もっとひりひりした展開になるだろう。ぼくは昨年の全英の決勝ラウンドも深夜の自宅テレビ前でひとり興奮していた。もし渋野がことし全米も勝てば、日本ゴルフ史でも特別な週として歴史に残るだろう。

 このふたつの大会の合間にこの本を読んだ。読む機会に恵まれたというべきか。この巡り合わせもぼくには何か、特別なことのように思える。

 

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