8 街歩き 建築を味わう

terakoya THANK

本陣跡に寺子屋 うねる屋根 支える企業

 (愛知県知立市、2016年7月完成)

 なんとも素敵でわくわくする組み合わせである。ここには江戸時代に東海道の本陣があった。新しい建築は屋根が懸垂曲線を描き、うねった天井に木材が市松模様に張ってある。中の「現代版寺子屋」には子供たちが夜通い、地元の国際的ロボットメーカーが運営している。39番目の宿場だったから「THANK」。知立の子どもたちはしあわせだ。

<▲広場から側面を見る>

 知立といえばぼくは「かきつばた」しかイメージがなかった。しかし昨年11月25日の朝日新聞夕刊「建モノがたり」でこの施設を初めて知った。建物の中にはカフェもある。妻が週に1度は魚や野菜を求めて通う「JAあぐりタウン げんきの郷」(大府)にも近いので、1月22日に一緒にでかけた。

■門から本堂へ 懸垂曲線で表現
<▲天井を支える垂木>

 旧東海道の細い道路に面して駐車場と建物の正面がある。そこからだと屋根は見えない。入り口近くのカフェからさらに奥のホールへと入っていくと、屋根が湾曲しながら高くなっていくのが分かる空間構成になっている。

 かつて宿場町の本陣があった場所だけに歴史が古く、近くにお寺も多い。日本の寺院建築では、門をくぐると庫裏があり、奥の本堂へと続いていく。この建築ではそんなシークエンスをめざしたと、コンペで選ばれた設計者の原田真宏氏は記事の中で説明している。

 ■「エジソン」「ダ・ビンチ」への夢

 湾曲した屋根の下のもとでは夜間に「寺子屋」が開設されている。カフェにあった地域情報誌『ちるる くらぶ』2月号によると、科学の実験をしながらネイティブスピーカーの講師との英会話も学べる。「エジソン」「ダ・ビンチ」という名のクラスもある。生徒は中学生まで250人。夕方になると続々と集まってくるそうだ。

<▲内部のホールと階段>

 建築的には、建物の側面に広がる広場から見ると特徴がひと目でわかる。屋根の懸垂曲線を二本の太い垂木が支えている。

 側面は全面ガラスだから広場に向かって開けている。天井には木材が張られ、広場反対側には巨大なクスノキが残されている。子どもたちは木の質感の中で、豊かな時間を過ごせているだろう。

 ■スマホの半分を生産  地元に「感謝」

 この施設を作り、運営もする株式会社FUJIは、地元知立に本社がある。ぼくが1980年代に経済部記者をしていたころ社名は「富士機械製造」で、堅実な中堅メーカーという認識だった。「ちるる」によればいま、世界のスマートフォンの半分はFUJIの電子部品実装ロボットで生産されている。

<「ちるる」2月号>

 とはいえ会社が作っているのは生産用ロボットが中心だし、取引先は海外が多いから、普通の市民からは仕事が見えにくく、遠い存在だろう。地元に恩返しし会社をもっと知ってもらうこと、子どもが科学に興味を持ち英語や海外文化に触れられる場つくること。それらを目指してこの事業に取り組んできたという。

 だから名前も39番目の宿場と感謝の意を込め「THANK」とした。こういうストーリーはとても大事だ。立ち寄ったカフェで女性スタッフに建物のことをいろいろ尋ねたらうれしそうな表情で教えてくれた。この建物が載った専門誌『新建築』と『ちるる』もコーヒーと一緒に持ってきてくれた。誇りに思う気持ちがまっすぐにはっきりと伝わってきた。

 ■理想の融合 課題は継続か

 総合すると、社会貢献施設として理想的な融合があるように思う。

  •  高い技術を支えに国際的に業績を伸ばした地元企業
  •  余裕資金を将来も見据えた社会貢献にという明快な意志
  •  ハイセンスで知的で挑戦心にあふれた建物
  •  国際化と次世代をにらむアフタースクール(寺子屋)
  •  歴史と意義を踏まえた洒落たネーミング

 とすれば、最大の課題は継続できるかにあると感じる。理想的には、寺子屋で育った若者が科学や技術に興味を抱き続けたまま大学に進んだ後、できればこの会社に入り、新たな革新や事業展開をもたらしてくれるー。ぼくが関係者ならそんな夢物語も抱きながら、施設を育てていくだろう。

 この名古屋には、知らないことや底力がまだいっぱいあるらしい。

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