2 小説 物語に浸る

4作目も身につまされ嘆息…内館牧子『老害の人』

自慢 説教 まき散らす醜さ 後半はエールに

 (講談社、2022月10月発刊)

 成功談に説教、病歴披露、趣味の講釈、孫自慢…。オレもいずれこうなるのか、いやもうなってるかも…。老人がまき散らす「害」は身につまされ、その醜さに息苦しくなった。高齢者シリーズの第4弾。本音と辛口のセリフ、ドラマ風の場面展開は変わらない。でも後半は老人たちが行動を起こして前を向き始め、ほっとして読み終えた。最後は筆者から団塊世代への”お仲間エール”に違いない。

■ウンザリ老害 もしかしてオレも? 

 前半では老害の実例が次から次へと出てくる。ぼくなりに整理してみると、あるある、いるいる、の連続になる。いわば老害6種である。

仕事の自慢…現役時の苦労と成功話、若者への説教
病歴の披露…いかに大病を乗り越えて生き延びたか
趣味の講釈…俳句や絵画を解説つきで見せびらかし
悲観の連発…「早く死んだ方がまし」と同情を誘う
抗議の連打…ささいな不満でもクレームとして噴出
孫愛の露出…「上が~才、下が~才でね」で始まる

 主人公の福太郎(85)は、昔の仕事自慢と説教が止まらない。それを激しく毛嫌いする娘の明代(54)は、そこまで言うかと突っ込みたくなるほど徹底的に実父を責め立てる。筆者は脚本家でもある。テレビで歯切れのいい辛口ホームドラマを観ている感じだ。

 ぼくも70歳だから、6種のうち少なくてもふたつは、思い当たる経験がある。このブログサイトにしても、周囲に見せびらかしたり、閲覧を強要すれば害になるだろう。いずれ5つとも該当するようになるかもしれない。若い世代の反発とか本音トークを読みながら、憂鬱になり、ため息が出た。老いが悲しくなった。

■豪速球が胸元へ 新作でも冒頭から 

 この作家、伝えたいことを剛速球にのせて、読み手の胸元へ投げてくる。すでに老人3部作を読んでいたので覚悟していたけれど、切れ味は凄みを増していた。冒頭からこうだ。

 自分がどれほど「老害の人」かということに、当の本人はまったく気づいていないものだ。
 たとえ、自分が後期高齢者であろうがだ。
 自分は実年齢よりずっと若くて、頭がしっかりしていて、分別がある。その自信がある。男女ともにだ。そうでない老人を見ると、彼らをいたわったりさえする。

 この冒頭部を読んで2冊の本を思い浮かべた。ひとつは前作『今度生まれたら』。書き出しは「無防備に眠りこけている夫の寝顔を見た時、私はつぶやいていた。『今度生まれたら、この人とは結婚しない』」。書名と主題をいきなりドカーンと書いてから物語を始めていた。最新作も同じだった。

 もう一冊は先月読んだばかりの橘玲『バカと無知』。学術的な実験の成果として「バカの問題は、自分がバカであることに気づいていないことだ」と断定している。表現上での配慮も忖度もない。身も蓋もないのだ。しかし核心をついているとも感じる。

■思わぬ展開 前へ動き出す老人たち

 この本の読者の大半は高齢者だろうから、老害の実例のオンパレードには、ぼくと同じように憂鬱になっていくだろう。筆者はそんな心理を見透かしたように中盤から集団活劇の雲行きを変えていく。

 福太郎の呼びかけで、老害まき散らしの老人たち(カバー裏の5人)がサロンを開設して、地域の老人たちのたまり場にする計画が動き出す。すると老害があっても相手は同じ老人となり、しかも老害そのものも減って言動が前向きに変わっていく。

 かりに老害をまき散らしていても、相手が老人ばかりなら害ではない。社会に役立つと自覚できる活動があれば老害は少なくなっていく―。そんなメッセージが前面に出てくる。

 父の自慢話に辟易していた娘の明代も、自分に孫ができると孫自慢の心理がわかるようになってくる。

ラストに大見得 冒頭剛速球への返球 

 最後のページで、主人公の福太郎が娘夫婦に言い放つ口上は、エッジが効いた大見得だ。娘婿が口にしたことがある「世の中で一番つまらないのは毒にも薬にもならない人間」というフレーズを引きながら、こう言い切る。

 「老害は若いヤツには毒だ。だけど老人には薬なんだよ、な。老害は毒にも薬にもなってんだ。珍しいよ、こんなの」
 (中略)
 「老人が若い者に遠慮することはねンだよ」

 これは冒頭に出てくる剛速球への、主人公からの返球だとぼくは読んだ。奥付によると、筆者は1948年生まれだからことし74歳だ。福太郎が切った大見得は、いわば老害軍団である団塊の同世代たちへの筆者からのエールでもあるだろう。

■3部は100万部 「団塊」の悩み反映か

 このシリーズは3作とも発売直後に読み、感想記をこのホームページで公開してきた。自分でつけた見出しは次の通りだ。

『終わった人』(2015年9月)
  定年後のもがきを活写 いずれぼくにも
『すぐ死ぬんだから』(2018年8月)
  常套句こっぱみじん 脳と良識に刺さる
『今度生まれたら』(2020年12月)
  残り人生のあとさき 「切なさ」3部作に

 ぼくが新聞社で定年を迎えたのが2012年、完全退職が2020年。このシリーズの主題は自分と重なっていた。妻も熱心に読んできた。少し上の団塊の世代はもっと切実だろう。

 3作目『今度生まれたら』が、題名からみても、シリーズ最後かなと勝手に考えていた。でも3部作はみなベストセラーになり、第4作の帯には「累計100万部 !」とある。団塊の世代の熱が、筆者と講談社を第4作へと導いたと思う。

 老人ものといえば、和田秀樹医師の新書も何冊もがことしのベストセラー上位に入った。こうした売れ行きの秘訣は、団塊世代の迷いと悩みを直撃していることだろう。彼らの多くがまもなく75歳になり後期高齢者になる。このシリーズには第5弾もありそうだ。

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