神の微笑も一瞬 OB2発に悔い
(2024年10月9-10日、葵カントリークラブ)
中部ゴルフ連盟(CGA)が主催する中部グランドシニア選手権の決勝が10月9日と10日に葵カントリークラブ(愛知県岡崎市)で開かれた。ぼくは53位タイに終わり、上位13人が得られる「全国切符」には9度目の挑戦も届かなかった。1日目後半、神様が微笑んでくれた瞬間もあったのに、その直後に、致命的な2発目のOBを打って自滅してしまった。公式戦ならではの緊張と力みを制御できなかった。悔しい。
この試合は、CGAに加盟しているゴルフ場のメンバーで、70歳以上のアマならだれでも出られる。予選は6月に愛知と岐阜で4回あり、130人が通過した。中部決勝の上位13人が、日本ゴルフ連盟(JGA)が主催し11月に埼玉県で開かれる全国大会に出られる。
公式試合にはもうひとつ、日本パブリックゴルフ協会(PGS)の主催試合もある。中部大会の上位者が全国大会に出られる仕組みはCGAと同じだ。
CGAもPGSも、65歳以上が競うミッドシニアの部と、70歳以上が競うグランドシニアの部がある。ぼくは65歳から72歳のことしまで、出られる試合には出場してきた。中部決勝には昨年までに8度出られたが、いずれも「全国」には届かなかった。
■幸運バーディー生かせず
いま冷静にプレーを振り返ると、あああそこが最後の分かれ目だった、とわかる。1日目の後半イン、5番と6番だ。
5番は150ヤードのPAR3だった。かなりの打ち上げで、ティーグランドからグリーン面は見えない。ぼくは5番ユーティリティで打ちグリーンには乗せたが、ピンまでは12mほどの上りが残っていた。ボール5個分の振り幅で打った白球は緩い坂を上り、かなりの勢いのままピンにビシッと真正面から当たり、そのまま入った。正真正銘の”まぐれバーディー”だった。
「こんなところで神様が出てくるなんて…」。ぼくは後半最初の4ホールだけで6オーバーと大崩れしており、試合を捨てかけていた。「これで5オーバー。あと4ホールがパーなら、希望を2日目に残せる…」。
いきなりやる気が戻ってきた。続く6番ホールは480ヤードのPAR5。練習ラウンドでは2回ともティーショトは3番ウッドで打ち、パーがとれていた。直前のバーディーでぼくは久しぶりに第1打者(オナー)となり、迷いなく、3番ウッドを握った。
自信はあった。「連続バーディーも狙える…」。練習ラウンドと同じようにフェアウェイの右サイドを狙って振った。芯ではとらえた。しかし球は左へ出て、ドローのまま音もなく林へ消えていった。思いもしないOBだった。神様がくれた幸運バーディーをまったく生かせず、全国大会の可能性もほとんど消えてしまった。
■力みと緊張…「間」をとれず
この日はスタートホールから、ドライバーが左へひっかかって出て、何度もラフに行っていた。なんとかリカバリーしながら、前半アウトを6オーバーの42で折り返した。「全国切符はハーフ40が最低ライン」とみていたので、後半インでは30台がほしかった。
ところが力めば力むほど、もう失敗はできないと緊張すればするほど、ドライバーは左へ右へと曲がってしまい、後半もスコアにならない。そして3番150ヤードPAR3で、7番アイアンのティーショットが左へ出て、最初の「まさかのOB」がきた。
いまならわかる。切り返しでしっかりと「間」がとれず、右腰を回し切らないまま、力んで上半身だけで球をたたきにいき、フェースがかぶり気味に球をヒットしていた。「この夏、あんなに練習してきたのに…」。唇をかむしかない。
さすがに神様も可哀そうに思ったのだろうか。あるいは、たまりかねたのだろうか。5番PAR3でラッキーバーディーをくれた。しかしこの日のぼくには、その運を生かし、普段のスイングに戻すだけの力も余裕もなかった。
こうして1日目は「アウト42、イン45の87」。インのOB2発だけでなく、2回の3パットもダメージになった。惨敗だった。2日目に進めるのは80位まで。ホールアウトした時は、それも難しいと思った。
ところが1日目を全員がホールアウトしてみると、出場118人のうちぼくは71位タイ。ぎりぎりで2日目に進むことはできた。
■気楽な2日目 「84」は実力か
決勝2日目は、上位に入れる可能性がほとんどなくなったことで、気楽だった。ぼくは三つの課題を心にしまってINからスタートした。
- ・平常のリズムでスイングする
- ・OBと3パットはもうやらない
- ・速くて曲がるグリーンを愉しめ
ドライバーは「間」を意識しながら、強く振ることができた。芯でとらえられたのは数えるほどで、距離も出なかったが、8割はフェアウェイをキープでき、OBはなかった。
2日目のグリーンは、1日目と比べると、スピードが9.8から10.0へと速くなり、コンパクションも22から23へと硬くなっていた。ことし49回目のラウンドになるのに、「10」のグリーンは初めてだった。
しかも芽が強いバミューダなので、ボールがカップ間際まできてスピードが落ちると、傾斜がなくても順目方向に切れていく。キャディさんに芽の方向を何度も確認しながら、3パットはしなかった。
「前半イン44、後半アウト40の84」で2日目は終わった。緊張も力みもなくラウンドできて、OBも3パットもなかった。このスコアが今のぼくの平時の実力だったのだろう。
■全国切符まで12打 「運」使い果たす?
CGAのホームページによると、全国切符は2日間トータル159までの13人が得た。やはり「ハーフ40」を切らないと届かなかった。ぼくは「87+84=171」の53位タイ。全国切符まで12打も余分に打っていた。
昨年10月にあった中部決勝は石川県の能登カントリーであり「全国まで4打差」だった。もっと練習したら届くかもしれない…。冬から夏にかけて週に3-4回もゴルフ場に通い、うち2-3回を練習だけにあててきた。しかも9月には所属コースを「アンダーパーの71」で回りエージシュートを達成して、自信を深めていた。
ぼくは今回、試合前日から岡崎市内のホテルに2泊した。1週間前、練習ラウンドのため名古屋の自宅から車で向かったら、東名高速道が集中工事のため渋滞がひどく、2時間以上かかったからだ。
泊まったホテルからは岡崎城が目の前に見えた。徳川家康の生まれた城である。そういえば、会場のゴルフ場の名前「葵」は徳川家の家紋のことだし、ラウンドするコース名もずばり「家康」だった。
こんな徳川づくしの縁起の良さに加え、練習ラウンドでは81が出ていた。試合前は「ハーフ40」への手ごたえを十分に感じていたのである。
しかしそれらが逆に過剰な緊張と力みにつながり、「間」をなくしてしまう大きな要因になったのだろう。情けなく、悔しい。こつこつ練習を見ていた神様がくれたご褒美は、もしかしたら、あのエージシュートで使い果たしてしまったのだろうか—。
どうする10度目 年内は力抜いて
73歳になる来年も、10度目の挑戦をするか—。この敗退記を書きながら考え続けている。この年齢だと体力と飛距離は年々落ちていくから、全国切符の可能性が減るのは間違いない。練習の質と量をどう工夫すればいいのだろう。
まあ少なくても年内は、この球戯の不思議を、肩の力を抜いて愉しんでみるとするか。公式戦のあの緊張にもう一度身を置きたいかどうか、我がゴルフ脳とじっくり対話することにしよう。