1 ゴルフ 白球と戯れる

米映画『ティン・カップ』

一か八か 懲りないゴルファーへ贈り物 

 (ロン・シェントン監督、1996年公開 / Amazonビデオ)

 ゴルフ好きならわかるはずだ。フェアウェイで自分のボール地点からピンを見た時、グリーンに乗るチャンスが少しでもあると思えば、池や崖に落とすリスクはわかっていても挑戦してしまうー。ぼくも何度おなじ失敗をして唇をかんだことか。この映画のラスト、全米オープン最終日最終組の18番ホールはそんなゴルファーたちへの贈り物である。

■ケビン・コスナーがショットも
(▲Amazonサイトから)

 この映画を最初に観たのは18年前、公開から7年後だった。主人公はテキサス州西部の名もなきレッスン・プロ。ケビン・コスナーが演じた。映画に不可欠のショットも本人が放ち、結構さまになっていた。この俳優はもともとゴルフがかなり上手く、映画に備え練習も積んだのだろうと感じたのをよく覚えている。

 今回、Amazonを利用して見直してみて、トッププロと比べると厳しいかもしれないが、かなりの腕前で、名もなきレッスンプロという役どころにはぴったりのスイングだった。少なくても昨年観た『頂へのティーショット』よりうんといい。コスナーは『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)では野球愛を体現していた。1955年生まれだから当時40歳。もともと球技が大好きで、得意だったのだろう。

■「スイングは詩」「頂点で神に祈り」
<▲イメージ画像>

 この主人公は、安全策をとれない「本性」が災いしてツアー選手になれずレッスンプロにおちぶれている。しかしながら映画の冒頭で、精神科の女医にレッスンをするときの言葉と表情が印象に残る。女医に「わたしは理論派なの、言葉で教えて」と言われ、クラブを振りつつ口にする―。

  • ゴルフスイングは詩だ 出だしはグリップから
  • 頂点まで体をねじって 一瞬 神に祈る 人間は過ちを犯すから
  • 大地の力に引かれるように 体重を戻す
  • スイングは命を持ち 全身は美しい彫刻になる
  • 球に同調してハートが歌を奏でる
  • 動きを自分のものとして 同時に自分を解放せよ
  • フィニッシュは人それぞれ 私のは未完成交響曲
■「いちど音楽が鳴ったら病みつき」

 極めつけは、次のひとことだった。

  一発ナイスショットを打って 体の中で音楽が鳴ったら 病みつきになってやめられない。

 これらの言葉は字幕を見ながらメモをした。訳されたのはこの世界ではカリスマ的存在の戸田奈津子さん。悔しいけれど、ぼくの耳では、コスナーの英語は部分的にしか聞き取れなかった。ゴルフ用語に詳しく、技術を語ることが好きな人なら、もっとほかの訳があるのかもしれない。

<▲イメージ写真>

 もっとも、これほど高尚な理論や表現はこの後、たくさんは出てこない。それよりも、7番アイアンだけでパープレーしてみせるなど、ありえないシーンも多い。女医への想いをかなえるため全米オープンに挑む過程だけみればゴルフ版『ロッキー』と表現するのがいちばん適切だろう。

■無謀な挑戦の裏に美しい理論

 しかしゴルフ好きからすると、この映画のテーマは、大事な場面になるほど安全策をとれずに無理をやらかしてしまう主人公の気性にある。あるいは、多くのゴルファーにそうさせずはにおかない「ゴルフの魔性」であろう。

 ぼくは今回の観直しで、冒頭の美しいスイング理論が頭に響いていた。彼の無謀な挑戦の陰には、冷静な理論と技術があると思って観ていた。それがこの映画をぎりぎり、キワモノにはさせずにいるし、ゴルフ映画の代表作のひとつにしているように思う。

 全米オープンの場面では当時のトッププロたちも出ている。最終18番のシーンでは多くのギャラリーが取り囲んでいて、本物の試合をテレビで見ているようではらはらし、そちらも楽しかった。

 映画が公開された1996年は、大学生だったタイガー・ウッズがプロに転向した年でもある。とてつもない飛距離とアグレッシブなプレーで一躍スターになるのは、この映画の直後だ。ぼくが18年前にDVDでこの映画を最初に観た時は、タイガーはすでに全盛期だったことも今回思い出した。

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